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「かわせみ」に喝采

Macユーザの貴重なIMとして長く愛されたegbridge — 26日、そのDNAを受け継いだ「かわせみ」が、ついに発売された。
これを実現した株式会社物書堂(東京都江東区)とその関係者に、敬意をもって大きな拍手を送りたい。

焦りのはじまり

9月上旬にメインで使っているMacのOSをSnow Leopardにアップグレードしたときは、久々に取り返しのつかないことをしでかしたような気分になってしまった。
とは言っても、Snow Leopard自体に不満や問題があるわけじゃない。

焦ったのは、アップグレード後に入力メニューを表示させると、egbridge関連の項目がグレーアウト*1してしまった点だ。
嫌な予感がして、すぐにegbridgeの発売元、エルゴソフトのサイトにアクセスするも、時すでに遅し。

エルゴ社の「撤退」については、2008年初の発表の頃、CNETなどでも騒然となっていたので知ってはいたし、同社のサイトに掲載されていたリリース内容を、少なからず感慨と感傷をもって受け止めたのだが、当時まだTigerを使っていた私は、すぐにアップデータが入手できなくなるわけではないという安易な安心感で放置してしまっていた。
その後、Leopard搭載機を購入した際も、手持ちのegbridge Universal (v16.0) ディスクからインストールし、アップデートを促すメッセージなどは特に表示されないという理由だけで、またしてもそのまま使っていたのだ。

後になって気づいたことだが、そもそも「撤退」のニュースは一部門の事業終了あるいは一製品の販売終了ということではなく、エルゴ社自体の解散?ということだったらしい。
(定かではないが、同社のURLが現在不通ということは、そうなのかな?と…)

64ビット対応となったOS – Snow Leopardで使うなら、egbridge Universal 2 (v17.x) に (Snow Leopardにしたうえでさらに)パワーアップキットなるものでアップデートしなきゃいけないという要件は、今年の1月末でエルゴ社の事後対応(ダウンロードサービス)もとっくに終わっている現時点で、私にとっては高すぎるハードルというより、もはや不可能、完全に周回遅れ、というのが半ば放心しそうな現実。

馴れと愛着

1994年、初のタワー筐体となったPower Macintosh 8100の発表で、はじめてDTPを意識した私は、翌年2月のMACWORLD Expo/Tokyo*2でDTPの事業化に必要であろうあらゆるハード/ソフトの現状と情報をかき集めた。
OS*3標準の「ことえり」では仕事にならない、との定説?もあって、ワープロソフトとしてのEGWORD(当時の表記)やIMとしてのATOKなんかも、このExpoでMac導入時の候補にリスト入りした。

この年の春、リストにもとづいてすべてのハード/ソフトを買い揃え、私の職業デザイナとしての人生がはじまったのだ。
当時は取次店を介してグロスで導入したが、何かの手違いでATOKはWindows版が届いてしまった記憶がある。
取り換えなければ、と思いつつ、ことえり以外のIMが存在していることに気づき、そこでようやく、EGWORDに付属しているEGBRIDGE(当時の表記)がその役目を果たしていること、そしてIM (FEP) のなんたるかを理解したのだった。

以来、OSのバージョンアップやMac本体の買い替えを繰り返しつつ、AdobeやQuark製品同様に、egbridgeもまた私にとっての必須ソフトとして、版を重ねて存在することになった。
Adobeなどと大きな違いがあるとすれば、DTPやデザインワークにとって不可欠であるとの意識が薄い点かもしれない。
IMとして使っているかぎりは、どーんとアプリが立ち上がるわけでもなく、その存在はまるで空気のように、不可欠でありながらもそこにあって当たり前というものになった。

特に仕事としてスタートした当初は、原稿として入ってくるものがテキストデータ化されていることがほとんどなく、手書きか、何らか入力されたものであっても、改めてMacで入力し直す必要があったため、実際には(ほとんど陰で)IMが大活躍していた。
また、中小の案件だとプロのライターを立てていないケースも多く、そういう場合に私はがんがんリライトしてしまうタイプということもあり、そうこうしていると馴染みのクライアントさんからは、デザインと一緒にライティングも任されたりで、物書き率も結構高かったりするのだ。
私のような職業だと、最終的な成果物は、DTPなら三種の神器*4、WebならHTML等で仕上げるため、単に「打つ」だけなら、EGWORD(ワープロソフト)ではなく、Classic環境でのSimple TextやOS X以後はテキストエディットで事足りてしまう。
実際のところ、導入後最初のバージョンアップからは、EGBRIDGE単体でという選択になった。

やや言い分けじみた言い方になるが、このような背景が私にとってのIM(=egbridge)をますます「空気」にしていたのだろう。
それにしても、数千文字におよぶ生原稿を何件もひたすらテキスト化するような作業では、複数行ないし一段落をまとめて変換するという、かなり強引なやり方をする場面もあるのだが、そんなときにも、文脈を適切に理解し、ほとんど再変換の手間なく書き進められるegbridgeの効率性は秀逸だ。

暗転 — そして光明

大袈裟ではなく「使い勝手の良さ」というレベルを通り越したその心地よさを、突然失ったのが、約1ヶ月半前のこと。
OSにXが冠された頃、「ことえり」が劇的に進化したというような話も耳にしていたが、そうは言ってもegbridgeで通していた私にとって、ことえりでの入力環境は15年目にして未知の世界だった。
おぼろげな記憶で、エルゴ社の最後のニュースリリースに挙げられていた

Mac OS Xでの日本語入力環境の成熟

という理由を一縷の望みに、ことえりで打ちはじめるも、すぐにその「成熟」の指すところは、物書きレベルでないことを痛感。

それでも、過去のユーザ辞書などからデータを掘り起こして移植してみたり、と、型通りの工夫をしてみるものの、使うほどに不満と不安が募るばかり。
こと長文の変換効率といったら、目も当てられないありさまだ。変換できないのなら、ユーザ辞書に登録すればいいが、(今さらだけど)驚くことにことえりでは動詞を辞書登録できない。人名もデフォルトでは、当たり前に出てきそうなものがでてこない。→いちいち登録するハメに。

これでは仕事にならない、ということで(私にとっては禁断の)ATOKに手を出すことも頭によぎる。
使ってるうちに少しは賢くなってくれるかな、と淡く期待しながら2週間ほどことえり環境で過ごすも、ついに、とある長文を書く機会に我慢の限界を迎え、ATOKの試用版をダウンロード。
少なくともことえりよりはずいぶんマシだし、変換効率に関しては、egbridgeとほぼ同等だろう。

どんなソフトでも、要は「馴れ」と常々思っているのだが、やはりインターフェイスへの違和感はそうそう拭えない。
AdobeのWeb系ソフトが旧Macromediaのインターフェイスに取って代わったときに感じたのに似た違和感だ。
入力していて最も難を感じたのは、変換候補にカタカナが出ないこと。もちろん当たり前にカタカナ語はカタカナで出るものの、普通はカタカナでないものをワザとカタカナ表記にしたい場合にはコマリモノ。(※キーボードショートカットなどで対応は可能)
文章の種類にもよるが、こういう場面は意外に多い。egbridgeならば、どんな単語でも変換候補中に必ず全てカタカナ表記の候補があるので、些細なレベルではあるものの、この手のストレスは感じたことがなかった。
とはいえ、2バイト文字がゆえの極めてドメスティックな問題であり、業務レベルのソフトが他になくなってしまったという現実が、こいつに馴れなければという気持ちを後押しする。

正直なところ、エルゴ社の撤退を聞いた時点では、
— これほど有能なソフトを誰もほっとかないだろう。なんならAppleが買ってくれるかも?
くらいにタカをくくっていた。

現実を受け入れなければ、と、もがきつつも、
— 「ことえり」が成熟?
— プロの物書きは何を使ってるんだ?
などなど、疑問はとめどなく湧いてくる。

「ことえり」に関しては、あくまでOS標準なのだから、システムレベルで必要十分と言うほかないのかもしれない。「○○語版」などではなく完全にユニバーサル化したOS X以降は、その恩恵のほうが大きいのだから、そう考えるのが自然なのだろう。
プロの物書きは…、そう、Macユーザとは限らない。いや、むしろデザインか、音楽か、映像、とかを兼業にでもしないかぎり…。もちろんMacだとしてもATOKだって90年代前半から使えるわけで。

専ら「プロがMacで使う」ためのモノだとしたら — そう考えると、もし仮にどこかがegbridgeの技術を受け継いだとしても、恐ろしく高価なものになってしまうのかも…。
文章を打つ、という行為は、そんなにも特別なものだったのか…。

もやもやとした、そんな諦めに近い心境でいたのは、つい先週のこと。
そして土曜日(24日)、まったくの別件でWebを徘徊していたところ、「egbridgeの後継…」のニュースに目が留まった。まさしく一瞬「釘付け」になった。
その名も「物書堂」なるメーカーのサイトに飛んで、雲が一気に晴れたような、息苦しかったところにきれいな酸素が大量に届いたような、そんな感覚に包まれた。

その時点では、まだ10月下旬に発売というアナウンスだったのだが、エルゴ社の株主だったコーエー社が技術提供する真正なegbridgeの後継であること。「かわせみ」なるこの新製品の開発、そして「物書堂」の経営陣が、egbridgeチームからの転身であること。といった情報が、このうえなく好ましい感じの安堵を与えてくれたのだ。
しかも、破格?の1995円。

翌日曜日にも、この日のリリースはないだろうと思いながらも、物書堂さんのサイトを何度か覗いては、ユーザにとって愛着のある、あの羽ペンを模ったegbridgeのシンボルライクな「かわせみ」のアイコンににんまりしたりしていた。

まぁまぁ、「下旬」なんだから、と、はやる気持ちを抑えつつも、月曜(26日)の朝、— 当然まだだよね。
で、午後にも再び。— おぉっ。
ついに、というか、私のタイミングでは、早々に。発売。
すぐさまダウンロード(とりあえずは試用版)→ 慌てつつ、インストール。
立ち上がるなり、グレーアウトしたまま放置していた旧egbridgeのユーザ辞書もすでに引き継ぎ済み。

使用感もインターフェイスも想像に違わない。いや、むしろネイティブな分(当然だが)サクサク感は増している。
甦った不死鳥、もとい「かわせみ」のおかげで、勢い余って書ける書ける、な日々なのである。

*1 egbridge関連の項目がグレーアウト:
ちなみに、egbridgeパッケージに同梱の「電子辞典ビューア」はSnow Leopard上でも難なく動作している。Leopard以降は、「国語」や「英和・和英」も使えるようになったOS標準の「辞書」アプリを使う場面が多いが、「英和・和英」の主な単語に発音機能がついている点では、いまだに「電子辞典ビューア」のほうが有用だったりする。
*2 MACWORLD Expo/Tokyo:
1991年〜2002年の間、例年開催されていた。主催はIDGジャパン社(東京都文京区)。会場は2002年の東京ビッグサイトを除き幕張メッセ。
*3 OS:
当時の日本語環境では「漢字Talk 7.5.1」。
*4 三種の神器:
(DTPにおける)Adobe Illustrator, Adobe Photoshop, QuarkXPress の3ソフト。現在では、ほとんどこの言い方をされることもなくなった感があるが、QuarkXPressと同等のものとして、Adobe InDesignがある。
Oct2009
30Fri
03:36
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